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南米紀行 2010-04/25 第5日目【カラカス~パナマ・シティ】

■カラカス⇒パナマ・シティ
今朝も早起きで、4時半起き。
(とはいえ、時差が残っているため、日本での早起きほどは苦ではない)
今日は国際線だから、07:01発のフライトなので、5時には空港に到着したい。
3日前のドタバタギリギリ出発の二の舞は避けたい。
仕事もそうだけど、余裕がないと、いいことは何ももない。

朝食が用意されていたので、かっこみ、
送迎バスで空港へ。

3日前、国内線乗り場は大混雑!だったが、
国際線乗り場は、普通そのもの。
空港使用税が、40US$もかかった。高いなぁ(>_<)

我々をパナマに、そして、リマに連れていってくれるのはCOPA AIR。
コンチネンタル系だけに、CIはソックリ!
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飛び立つと、窓から、
カラカスの街と海岸が見えてきた。
カラカスが海岸沿いなことを今頃実感。
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およそ90minのフライトで、パナマ パナマ・シティへ。
窓から見ると、近代都市だ。

■“世界の十字路”パナマ・シティへ
前述の通り、
パナマはトランジットの産物。
当初、ギアナ高地ツアー終了翌日には、
カラカス発の早朝便のTACA航空でリマ入りし、さらに乗り換えてクスコ入りを計画。
しかし、TACA航空の早朝便が飛ばないとのこと。
そんなとき、パナマ経由リマ行きのCOPA AIRを知る。
パナマでトランジットなら、
せっかくだから、一泊してみよう!「パナマ運河」が観れる! というわけ。

■パナマINFORMATION
・国名: パナマ共和国 Republica de Panama
・面積: 7万5517km2 日本の約5分の1 北海道よりやや小さい
・人口: 330万人(2008年)
・首都: パナマ・シティ Panama City(正式名称 西 Ciudad de Panama)
・通貨: 常に1US$=1バルボアに固定。
     バルボア紙幣は存在せず、流通しているのは米ドル紙幣のみであり、それをバルボアという名称で使用。
・気候: 赤道に近いため1年中、高温多湿の亜熱帯気候で、1~4月が乾季にあたる。
     4月が最も暑い。1年を通じて気温の変化があまりない。
‐国名は、インディオ(インディヘナ)のクエバ人の言葉で、「魚が豊富」を意味する言葉に由来とされている。
‐ニューヨーク・ヤンキースの不動のクローザー マリアーノ・リベラ投手が出身。

■ドライバー・ジェロニモ
トクメン国際空港から、ホテルにチェックイン。
今や、パナマ・シティの中心とされる「新市街」にした。
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1Fは壁や窓はなく、ふきさらし。
なんという開放感!

洗濯を行う。

さぁ、パナマ運河へ出発!
フロントの“BIGママ”にタクシーを呼んでもらう。
タクシーはメーター式ではなく、交渉式だ。
片道10US$、往復15US$という。
「チャーターしないか?」と持ちかけてきた。
パナマ運河⇒【世界遺産】カスコ・ビエホまで25$で妥結。

ドライバーの名は、ジェロニモ氏。
道中、GSへ。
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なんと、BEERの差し入れ!気が利くぅ(^o^)
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■パナマ運河
まずは、パナマ運河について整理しておこう。

パナマ運河(Panama Canal 西:Canal de Panama)

▼概要
‐全長約80km、最小幅192m。
‐パナマ共和国のパナマ地峡を開削して太平洋とカリブ海を結んでいる*閘門(こうもん)式運河
  *水位を変えるための開閉式の水門
‐海抜26mのガトゥン湖が存在するなど運河中央部の海抜が高いため、
 閘門を採用して船の水位を上下させて通過させている。
‐三つの人造湖と三つの水門を内に含む。
 上り下りにそれぞれ3段階、待ち時間を含め約24時間をかけて通過させる。
 カリブ海 ⇔ ガトゥン閘門 ⇔ ガトゥン湖 ⇔ ゲイラード・カット ⇔ ペデロ・ミゲル閘門
 ⇔ ミラ・フローレス湖 ⇔ ミラ・フローレス閘門 ⇔ 太平洋
‐パナマ運河を通過できる船の最大のサイズはパナマックスサイズ
 全長:294m、全幅:32.3m、喫水:12m以下に制限
‐通航料は、船種や船舶の積載量、トン数や全長など船舶の大きさに基づき規定されている。
 1トンにつき1ドル39セント、平均で54,000ドル。
‐2002年の実績によれば、年間通航船舶数は13,185隻
‐載貨時の吃水が大きいオイル・タンカーや鉱石運搬船は対象外
‐旅客船については、現在までに計画具体化あるいは建造中のものを含めて全て通航可能

▼歴史と未来
パナマ運河は、“人類史上最大の土木工事”と言われる。

欧米列強は、輸送の重要拠点としてパナマに注目した。

パナマが、まだコロンビアの一地方だった19世紀末、
スエズ運河を拓き、英雄となったフランス人フェルディナン・ド・レセップスが、パナマ運河開発に着手。
しかし、難工事とマラリアの蔓延により断念。

1903年、これを引き継いだのがアメリカ。
約10年の歳月をかけて、1914年に開通した。

引き継いだというと美談に聞こえるかもしれないが、さにあらず。
そこには、政治と利権が絡んでいる。
アメリカはパナマ独立派と組んで親米派政権設立に成功したため、
パナマ運河の富がアメリカに流れる構造ができていた。

長らくアメリカによる管理が続いてきたが、
運河返還の動きの成果として、
1999年12月31日正午をもってパナマに完全返還された。

これにより、21世紀のパナマは大きく変貌しつつある。

パナマ運河は、未来に向けて進化する。
増加しつつある国際海事運輸需要を満たすために、
パナマ運河拡張計画案が、2006年の国民投票により実施が決定。
拡張工事は2007年に着工され、
パナマ運河設立100週年記念の2014年の完成を目指す。
完成後は現在の2倍の約6億トン(船舶トン数換算)の航行量を見込む。
閘門のサイズにより、現在、通過する船舶のサイズは、
現在は 全長:294m、全幅:32.3m、喫水:12m以下に制限されているが、
拡張工事完成後は、それぞれ最大366m、49m、15mまでの航行が可能となり、
通過可能船舶の範囲が大幅に拡大する。


■パナマ運河 ミラフローレス開門
ジェロニモ号でホテルから30分弱で、パナマ・シティから最も近い、「ミラフローレス水門」に到着。
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ここは観光名所になっており、見学客が多い!
見学用観覧スタンドのある2Fよりも、
建物最上階4Fからがよく見えるようだ。
3Fにはレストランが併設されており、このテラス席は特上シートだ!
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これが、水位を変えるための開閉式の水門
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水門を挟んで、この水位の差!
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水門は2本あり、予想に比べ、水門はかなり狭い。
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ジェロニモとSJ
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ちょうど、小さなヨットが通過したところだった。
うーん、物足りない(⌒-⌒; )
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水門を閉じると、そこは通路になる。
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次は、2時半に大型客船が通過するという。
それを見たい♪( ´θ`)ノ
ジェロニモの説明付で博物館を見学し、ギフトショップで少々お買い物。
それでも大型客船通過まで、まだ1時間もあるが、
これを見ずして、パナマに来た意味なし! と待つことにする。


■タオルおじさん
先ほど、写真を撮っていたら、日本人に声をかけられた。
ブログネームから「タオルおじさん」としておこう。
旅行会社を辞め、アメリカ大陸を周遊しているという。

一度、別れた後、タオルおじさんを発見。彼も大型客船を待っていた。
が、あいにく、雨脚が強くなってきた。
しかも、まだ1h弱待たねばならない。

タオルおじさんとトークする。
将来、日本に来るトラベラーのために、バックパッカー宿を経営したいと言う。
帰国したら、箱根で住込みバイトをしたいと言っていた。
実は、未開拓の日本の産業は観光だと思う。
日本をよく知ってもらうために、また、経済効果的にも、
彼には頑張って欲しい

⇒タオルおじさんのHP 当日のBLOG
http://ameblo.jp/freedom-dreamer/entry-10518376610.html
あっ、ちなみに、我々はバックパッカーとなってますが、
そこだけ訂正させてください。
「旅人」または「トラベラー」になります!


■It rains cats and dogs again.
雨脚はさらに増し、まさに土砂降り。
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“自称晴れ男”SJは、困惑を色を隠せない(^^;ゞ

屋上の4Fは諦め、2Fの観覧席に移動。
しかし、みんな考えることは同じで、人でごったがえしている。


■一大エンターテインメント!
我々は撮影に適した場所をGETし、大型客船を待った。
14:30のタイミングで、2船もの大型客船の運河通過を見れた。

では、その様子をどうぞ!

▼奥の水門を通過する豪華客船
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▼手前の水門を通過する貨物船
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通過の一部始終の動画撮影中に雷が!<SJ撮影>


あんな大きな船が、狭い運河を通れるの!?と思ったが、見事に通貨。
イメージ的には、力士が、女性用T‐シャツを着こもうとする感じ!
通過する旨、アナウンスがされ、水門が調整され、大型客船が通過する様子は、
一大エンターテインメント!
水門の幅ぎりぎりの大型船の通過を見れてラッキー☆



■パナマ運河トリビア
パナマ大使館ホームページHPより引用

ご存知だったでしょうか。
・最大通航料:2003年9月25日に高級乗用隻の「Coral Princess」号が、運河通行料として226,194.25ドルを支払いました。
・最小通航料:1928年にRichard Halliburton氏が運河を泳いで横断し、0.36ドルを支払いました。
2005会 計年度(パナマ運河の会計年度は10月1日 から翌年9月30日まで)中に、日本を起点 としてパナマ運河を通過した貨物の総量は 6,547,701トンであり、また日本を仕向地とした 貨物は25,687,995トンでした。パナマ運河を通過した日本の貨物の総量は往復で32,235,696トンに上り、運河を通過した商業貨物の総量(2.791億 トン)の16.6%を上回ります。
・パナマ運河庁(スペイン語でACP)によれば、2005年日本は、 米国と中国に次いで、三番目に多い貨物をパナマ運河経由で輸送しました。
・2005会計年度に、パナマ運河収入は10億米ドル超という新しい 記録を打ち出しました。又、平均航行時間は去年に比べ7.8%短縮し、24.58時間となりました。
・2005年1月1日 より「パナマ運河・油汚染船内緊急計画書」(英語の頭文字でPCSOPEP)が実施されています。 この計画の目的は、パナマ海水が関わる恐れのある緊急事態に対する準備の取り組みです。又、パナマ運河庁の効率性の最大化をもたらしながら、人的な安全強 化、環境への負担軽減、運河の継続的な操業を確保することで、石油の流出やその他の緊急事態を防止しております。
・1904年 から1911年にわたるパナマ運河建設に従事した唯一の日本人技術者がいました。その名は、青山士 (アオヤマ・アキラ)氏。パナマで学んだ開削・運河開設の技術を生かし、帰国後、当時の東京隅田川(旧荒川)で頻繁に発生していた洪水対策として荒川の改 修工事に従事しました。そのおかげで、以前洪水の被害に苦しんでいた地球周辺の洪水防止に成功し、産業発展をもたらしたと言われています。
・東京荒川知水博物館の姉妹博物館はインターオセアニック・パナマ運河博物館です。


■ガッツリランチ
我々は、バスで来たというタオルおじさんに同乗してもらい、遅いランチに向かう。
ジェロニモに、パナマの人が食べてる食事がしたい!とお願いして、
寄ってもらったのがショッピングモール。
モールは世界どこでも人気のようで、大賑わい。
フードコートにはたくさんのお店があり、ジェロニモのオススメに従い、ステーキを食べることに。
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量が半端ない。
少なくみても、日本で出てくるステーキの倍の量に、ライスとサラダ付で8US$。
味はGOOOOD!
ガーリックがビシビシ効いていて、疲れた我々を元気にしてくれた)^o^(

長時間つきあってもらったお礼として、ジェロニモにランチはご馳走するつもりだったが、
そこは商売。
時間超過分の料金交渉を切り出された^^;
そもそも、我々は、運河だけさっと観れればいいと思っていたところ、
博物館ガイドをしてくれ、大型客船が後で来ることを教えてくれたり、
自ら時間かかるようにしてんじゃん!と思ったので、交渉スタート!
(J=ジェロニモ WE=我々)

J 「だいぶ時間超過している。上乗せをお願いいしたい!」
WE「まぁまぁまぁ、それと、明日、空港まで送って欲しい!このランチご馳走するよ!」
J 「いやいや、3時間拘束されている。1h20US$なんだよ。」
(話題を変えてみよう)
WE「うーーーん、空港まではいくら?」
J 「30US$」
WE「いや、聞いた話には、このガイドブックにも、20US$と書いてあるよ!」
J 「OK! 高速代込で25US$でどうだい? 20US$は、高速代は入ってないよ」
WE「いやいや、ALL 20US$と書いてある! じゃないならけっこう。別に探すよ」
J 「OKOK(苦笑) 20US$、OK」
(間をおいて、ためをつくって、スマイルで、ゆっくりと(^。^))
WE「ジェロニモ、我々はラッキーだ。
  なぜなら、いいドライバーに出会えた。
  そして、パナマ運河を満喫できた。
  そして、こんなおいしい食事にもありつけた。
  我々はラッキーだ。
  我々は、あたなのおもてなしに感謝するよ!

  ジェロニモ、じゃ、こうしよう。
  TOTALで、55US$払うよ!
  最初の25US$に超過分+明日、空港へ20US$。
  そして、今日の超過分として、10US$。
  このおいしいランチはもちろんお礼ね。
  だから、今日の分としては、35US$」
J 「うーん、今日の分が、、、」
WE(握手を求めながら)「我々は友達だよ(^∇^)!」
J (笑いながら)「OK(^^;ゞ」

DONE( ´θ`)!
お互い交渉ゲームを楽しんだ(⌒▽⌒)
日本だと気にしないレベルの金額なんだけど、そう言ってはつまらない。
プライスタグのない国での価格交渉は面白い! 
価格は市場が決める、経済の原点をリアル体験だ!
旅の醍醐味(^O^)/


食事中、ジェロニモから「今、自分はダイエットしている。なぜ、日本人は痩せているんだい?」と聞かれる。
「まずは食べる量が少ない。それに主食が米なのがいいのかも」と返答すると、
「そうか、こちらにも米はあるが、日本米に比べ、カロリーが高いんだよ」と言っていた。本当^^;!?

隣接するバスターミナルで明日向かう切符を買うとのことで、夜、再度合流することにして、
いったん、タオルおじさんとは別れる。

我々は、パナマ旧市街にあるカスコ・ビエホへ。

バス
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パナマと日本の魚市場
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クルマは、旧市街に入る。
雨脚は相変わらず強く、また、日が傾いてきたころもあり、なんだか、街の雰囲気が代わった。
そういえば、旧市街は治安が悪い地帯があるのだ。
危険な香りがする
事実、ジェロニモに聞いたら、「Don't walk this area!」と、、、

当初、カスコ・ビエホに連れてきてもらってジェロニモとは別れ、街歩きする予定ながら、
 -夕暮れ
 -雨
 -危険な香り
により、クルマで各ポイントを周ってもらい、その上で、ホテルまで送ってもらうことにした。


■【世界遺産】カスコ・ビエホ(Casco Viejo)
パナマ・シティには世界遺産がある。
スペイン統治時代の遺産。
正式には、
「植民地時代のパナマ・ビエホの歴史的遺産とパナマ旧市街
 Archaeological Site of Panama Viejo and the Historic District of Panama)」

ガイド・ジェロニモに、各ポイントを案内してもらう。

フランス広場から望む新市街
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フランス広場から見えた海岸
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フランス広場の記念碑
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レセップス像
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フランス大使館
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国立劇場
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カテドラル
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雨脚はさらに強くなり、豪雨となった。
世界遺産なのに、一通り、写真を撮るのが精一杯。

TOTALで、さらに10US$上乗せして、45US$+ランチを払う。

後で考えると、高い!と思うが
「安全第一」
「TIME IS MONEY」と納得。

ホテルに戻ると
疲れた我々は仮眠を取るzzz


■夜はサクメシ
タオルおじさんと近くのMACで21時に待ち合わせのために起きたが、
約束がなければ、このまま寝過ごしたことは間違いない。

JAPANブランド健在な店名!
eDSC_7466 - コピー

タオルおじさんと合流した矢先、
目の前にあったCASINOにT氏が反応してしまった。
DSC_7470.jpg
タオルおじさんも乗り気に見えたので付き合うことにした。
元来賭け事は嫌いなボクは、まぁ雰囲気を楽しむつもりで入店。
彼らのブラックジャックを見学。
世界共通で、CASINOでは、ドリンクフリーのようだ。
ボクは単なる見学者だが、いただけた。

見てるだけだとだんだん飽きてきた。

二人は熱中しているので、
いったん、自分はホテルに帰り、
彼らにはゲーム終了後、ホテルに来てもらい、ホテル付近での食事を提案。
が、この意図がうまく伝わらなかったようで、
結果的には、間もなく、ゲームを終えて、かつ、肝心の食事もせずに別れてしまった。
タオルおじさん、スミマセン!

ボクとSJは、DISコミュニケーションを反省しつつ、
正直、ランチがボリューミーすぎたため、夕食不要であったが、
せっかくなのでと、たまたま歩いて発見したにぎわいを見せるシャレオツレストランに入る。
軽い夕食と乾杯をした。
まるでパナマの「ラ・ボエム」
eDSC_7474.jpg
eDSC_7478.jpg
ホントは、「TINAJAS」というパナマ料理の店に行きたかったのが、今日はSUNDAY。休店日が多いそうだ。

店を出ると、
あたりは真っ暗。
なんだか怖い。

道が入り組んでいるため、
ホテルのすぐ近くのはずなので、少し迷ってしまい、
警官や工事している人に聞いたりして、ホテルにこぎつける。
どうやら、真っ暗の原因は、停電のようだ。

エンジェルフォールの真っ暗は、自然と共生できよかったが、
都市の真っ暗闇は、危険の香りが拡大するため、とても怖い、、、

やっとのことで、ホテルに戻り、
iPod touchを灯り代わりに、着替えをして、即寝したのだったzzz


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