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南米紀行 2010-05/05 第15日目【リマ】

■南米ラストデー
今日は15日間滞在した南米紀行ラストデー。
感慨にふけるのは帰国してからでいいので、今日も楽しもう。
まずは、昨日同様、ホテル指定のシャレオツカフェで、のんびり朝食。

ホテルをチェックアウトし、荷物をあずけ、出発。
今日は、リマの新市街を観る。

チェックアウト時に一騒動。
SJが騒いでいる
SJが100SOL札で宿泊費を払おうとしたら、受取ってもらえず。
その100SOL札の出所は、ボクがクスコの銀行ATMでCASHINGしたもの
だから偽札なわけがないのだけれど、時間の無駄なので、小さい札で支払いをすませ、外へ。

ふたりの主張の食い違いは今となっては旅の笑い話。
SJ 「もともとキミの所持した紙幣だから、キミの責任!」
ボク「SJも一緒にいたとき、クスコの銀行ATMでCASHしたから、偽札のはずがない。
 それ以前に、紙幣とはSJが受け取った時点でSJのもの。それを前保持者にとやかく言うのはおかしい!」

責任?を取るべく、一度、その紙幣を引き取り、すぐ近くのスーパーで文具を買う際に使用。
もちろん無問題。
支払う人間のイメージのせいではないのか(^^;;


■ミラ・フローレスのラルコ・マル
植民地時代の繁栄の面影を残すリマ旧市街とは対照的に、
海岸沿いに位置する新市街、ミラ・フローレス地区やサン・イシドロ地区には、
近代的なビル群が建ち並び、オープン・カフェ、レストラン、ブランド・ショップ、ホテルなどが集う。

我々が向かったのは、海岸沿いに広がる新興エリア「ミラ・フローレス」。
そこに海を一望する高台のショッピングセンター「ラルコ・マル」はある。

洗練されており、華やか。
南米を旅していることを忘れてしまう。
新市街は、さすが、ペルーの首都、南米を代表する都市だ。
逆に言うなら、ペルーにおいて、“欧米的先進地区”はこのエリアにのみ存在するのかもしれない。

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■La Rosa Nautica
ウインドーショッピングを楽しんだあと、ランチへ
これまた、TIクンのリコメンドだ。
海に突き出した桟橋の先にある。
目の前には太平洋、そして水平線を覆うわずかな隙間に水面を照らす太陽の光が見える。
http://www.larosanautica.com/rn_homeing.html
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テラスを希望し、海風を受けながら、
TODAY'S LUNCHと、今や定番「CUSQUENA NEGRA(クスケーニャ・黒ビール)」
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席からラルコ・マル方面を見る。
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ゆっくりと時を過ごす。
夕方が近づいたからか、海風は冷たくなったきた。

旧市街と新市街。まったく異なる2つの顔を持った都市リマ。
前者は歴史の重みを残した街。
後者は先進的な街。
歴史が培ったこの2つの顔を思いながら、海を眺めていた。
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■ミラ・フローレス散策
大満足ランチの後、タクシーで、ホテル付近の郵便局へ。
日本の知人にポストカードを投函。
散策がてら、インディアン・マーケット、家電店、衣料品店と周り、
クリーニング店でピックアップ。
大型スーパーマーケットで食料を調達し、18時過ぎにホテルへ戻る。


■南米最後の“つぶやき”
当初、サン・イシドロ地区へ、最後の晩餐に出かけるつもりも、昼食がたっぷりだったので中止。
ひたすら、ホテルロビーでPCタイムとし“つぶやき”しまっくった。
つぶやきから抜粋。

南米こそ、若いうちに行け!!!

実質15日、
周ったエリア10、
撮った写真5535枚、
回したDV4本(60分)、
読んだ本たった1冊(チェ・ゲバラ『モーターサイクル・ダイアリーズ』・・・ 
この感動、自分史上最高! 
Muchas gracias! そしてHasta luego! 
南米大陸!!!




■いよいよ帰国
01:45リマ発トロント行き便に向けて、余裕をもって22:30にはホテルをOUT。
30分程度で、リマ ホルヘ・チャベス国際空港へ。

トロントでのトランジットを経て、リマを出てから約24h。

5/7(金)15:00に成田に着いたのだった。
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南米紀行 2010-05/04 第14日目【リマ】

■【世界遺産:リマ歴史地区(Historic Centre of Lima)】
[ 登録年:1988年 ]
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太平洋に面したペルーの首都リマは、政治、文化、金融、商業、工業の中心地。
人口約800万人でペルー最大の都市であり、南米大陸へのゲートウェイ。

リマは、1535年にインカ帝国を征服したスペイン人フランシスコ・ピサロによって築かれる。
リマの名前の由来は市内を流れるリマック川(rio Rimac が訛ったもの)に由来すると言われ、
かつて「La Ciudad de Los Reyes(諸王の都)」と呼ばれた。
首都建設を始めたのが1535年1月18日。現在、この日はリマの建都記念日となっている。

街は、植民地時代に建てられた建物が多く残る旧市街セントロ地区と、海岸沿いの新市街に分かれる。

旧市街は、アルマス広場を中心に碁盤目状に道路が配された街並み。
植民地時代の繁栄の面影を残す、大統領府や大聖堂が面するアルマス広場周辺の旧市街は
【世界遺産:リマ歴史地区】に制定。
(1988年にサン・フランシスコ教会・修道院が、1991年にリマ歴史地区全体がユネスコの世界文化遺産に登録)


アルマス広場周辺には、サン・フランシスコ修道院やサント・ドミンゴ教会などの宗教建造物や
スペイン人貴族の邸宅トーレ・タグレ邸など、数多くの歴史的建造物が残る。


■最終目的地、リマ入り
ナスカから深夜バスで、ペルーの首都リマに、早朝6時に到着。よく寝れたぁ。 
タクシーで、アレキパで予約したホテルにチェックイン。
リマは、首都だけに、あきらかに道路が整備されていた!

ホテルに送ってくれた、タクシードライバー
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南米大陸において、チェは特別の存在なんだろう。タクシーにステッカー(日本車だ)
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■のんびり朝食
ミラ・フローレス地区に到着。
ホテルは正直言って、この紀行中、最低ランク・・・
バックパッカー宿だ。
ただ、立地はいいし、今さら重い荷物を持って移動する気にもなれず、ステイすることに。

唯一、よかったのは朝食。
朝食券を渡され、近くのなかなかシャレオツカフェで食べることができた。
ひさしぶりのゆったりした時間の中、コーヒーブレイクを楽しむ。
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カフェ前を通過したVOLVO
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■リマ・クリーニング事情
カッコつけて、ホワイトジーンズ履いていたら、文字通り”真っ黒”に! 
過酷だぜっ、南米!
(汚れが目立つようなハイライト調整してるため、パッと見は、ここまで汚くないですよ^^;)
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洗濯物もたまってきたので、ホテルで教えてもらい、リマのクリーニング店へ。
ダウン+ホワイトジーンズ+ポロシャツ+ベルト+帽子(2個)+トートバッグ 
TOTALで、たったの12SOL(≒400円!)(^。^)


■リマの車窓から
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■世界遺産「リマ旧市街」へ!
以下、ご案内します!


■カテドラルと大司教宮殿
1535年、ピサロが自らの手で礎石を築いたペルーで最も古い大聖堂。
一際美しい白亜のカテドラル。
ピサロの遺体が安置されている。
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大司教宮殿
木造のバルコニーが美しい。ポーランド人建築家によって1924年に建てられた。
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カテドラル前で一枚
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重厚な装飾
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■デサンバラード駅
駅名は「捨てられた」という意味で、実際にほとんど使われていないそうだ。
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ステキなストリート表記
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■サン・フランシスコ教会・修道院(Iglesia y Convento de San Francisco)
バロックとアンダルシア風の建築様式をとり入れ、1546年から100年以上かけて建設。
美しさにうっとり。特にファサードは見応え。
リマ歴史地区より一足早い、1988年にサン・フランシスコ教会・修道院は【世界遺産】に登録。
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■アルマス(マヨール)広場(Plaza de Armas(Plaza Mayor))
征服者フランシスコ・ピサロは、スペインのイベリア様式にのっとり、アルマス広場を中心にリマの街を建設。
現在もアルマス広場は旧市街の中心地。
大統領府、カテドラル、リマ市庁舎などが広場を囲む。
北側に大統領府があるため、周辺の警備は厳重。
首都にふさわしく立派で、観光客が多い。また、市民憩いの場でもある。
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他人が同じベンチに座ると~
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■大統領府
ピサロ邸宅跡に建つ。ペルーの統治に君臨してきた堂々たる建物。
何度も増改築を繰り返し、公式に大統領府と公に定められたのは比較的最近で、1939年。
毎日午前11:45から衛兵交代式が行われそうだが、我々はタイミングを逸した・・・
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■リマ市庁舎
大統領府の左側、クリーム色のネオコロニアル建築の建物。
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■サント・ドミンゴ教会
いったん、アルマス広場を離れ、歩くこと1ブロック。
1549年の建立。
ペルー最古の礼拝堂。
幾度もの地震にも耐え、当時の姿をとどめている。
こちらも
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■ランチ
ここでランチ!
いい感じのカフェレストランに。
ひさしぶりに朝食を食べたせいか、あまりお腹がすいてなかったので、
カプレーゼとスープ、そして、すっかり我々の定番「CUSQUENAブラック」。
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■ラ・ウニオン通り(Jiron de la Union)
セントロ地区のメインストリートで、カフェやブティックなどが通りの両脇にぎっしりと並ぶ。
以前は、露店でごったがえしていたが、露天商が治安悪化の温床として、市当局による厳しい取り締まりが行われたため、すっかり姿を消してそうだ。
とはいえ、ガイドブックによると「治安は悪い」ということなので、リュック前背負い体制で散策。
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PARADA・・・
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■サン・マルティン広場(Plaza San Martin)
ラ・ウニオン通りを抜けると着く。
アルマス広場と双璧になる、首都にふさわしい大きな広場だ。
ペルー独立運動の英雄サン・マルティンの銅像(騎馬像)が立つ。
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ときは、すでに日が暮れてきた。
なんだか、怪しい雰囲気になってきたので、足早にタクシーに乗り、再度、アルマス広場に戻った。


■アルマス広場で夕景・夜景ハンター
アルマス広場に戻る。
ぜんぜん歩ける距離だが、なんだか危険な雰囲気だったので、タクシーで移動。
そこで、重い思いして持ち続けた三脚を出してセッティング。
夕焼けから、夜景への変化をどうぞ。
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そんなとき、カワイイ子供連れのママに「写真を撮って!」と依頼される。
観光地にいるプロカメラマンと間違えられたらしい(^^;; 
喜んで応じる。
メアドがないそうで、現像して日本から郵送することに。
スペイン語は通じずとも、写真を通してグッドコミュニケーション!
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タイマーセットで自分も一枚
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時計を見たら、1時間も撮影していた^^;


■リマ旧市街を歩いて
征服者ピサロによって建設されたリマ。
リマ旧市街は、コロニアル様式の建物が点在し、スペインそのもの。
かつて“諸王の都”と呼ばれ、スペイン南米支配の拠点であった。
繰り返し述べたきたように、征服された側、征服した側、捉え方はぜんぜん異なる。
複雑な思いで、世界遺産の街を歩いた。


■自分史上最高の空間レストラン「Huaca Pucllana」
タクシーに乗り、向かうは、
ワカ・プクヤーナ遺跡内にあるレストラン「Huaca Pucllana」。
(ちなみに、ドライバーに住所提示をしたが、なかなか入口がわからず、遺跡付近をぐるぐるまわってしまった)

高い天井、広い空間、オープンテラス、白壁、客層、
そして、極めつけは、この空間が店名の通り、ワカ・プクヤーナ遺跡内にあり、夜は目前にライトアップされた幻想的な造形美を望めること!
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リコメンドに従い、洗練されたペルー料理を堪能。「CUSQUENAブラック」で乾杯。
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席をうつして、ワインを味わう。
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酔うSJ
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“歴史遺産”X”洗練されたペルー料理”という新しい手法で、
“歴史を現代に魅力的に伝達し、対話できる空間を提供”している! 
歴史マニアとしては、将来やりたいことを体感でき、大感激(^o^)



大満足で、お店にタクシーを呼んでもらい、ホテル付近の公園に。
すごい近い距離だったが、わずかこの距離で20SOL(≒660円!)
まぁ、仕方ない。


■旅のラストナイト
近く迫るFIFA W-CUPの屋外AD
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ホテル近くに深夜も営業する大型スーパーを発見。
買い物をしてから、ホテルへ。
疾風怒濤の旅もいよいよ明日が最終日。
明日は、リマ新市街を楽しむ!

南米紀行 2010-05/03 第13日目【ナスカ】

■【世界遺産:ナスカとフマナ平原の地上絵(Lines and Geoglyphs of Nasca and Pampas de Jumana)】概要
[ 登録年:1994年 ]
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ナスカおよびフマナ平原の地上絵は、首都リマの南400km、太平洋岸から50kmの砂漠地帯の約520kmに広がる
ナスカ文化の遺跡。

ナスカ文化は、西暦100~800年にかけてペルー南部海岸地帯を中心に栄えた。

ナスカ文化の象徴である、ナスカの地上絵は、1939年6月22日、アメリカの考古学者ポール・コソック博士により発見。
アメリカの数学者・考古学者、マリア・ライヒェ女史が中心となり、解明作業と保護が行われた。

果てしなく続くペルー南部の乾燥地帯に描かれた謎の地上絵。
西暦100~800年にかけて栄えたナスカ文化の時代に描かれたこれらの絵は、
直線や幾何学図形、動物、魚、虫、植物など様々。
上空からでなければ分からないほどの巨大な絵を残した理由は、未だに解明されていない。 
ナスカ文化は地上絵に見られるように、高度な技術と豊かな絵心を持った人たちがたくさんいたと考えられる。
その証拠に、ナスカの織物はプレ・インカ文化のなかでもとりわけ美しく、
土器に描かれた抽象画ひとつとっても、ナスカ時代ならではのものが多い。

*写真は最も美しい地上絵といわれる「ハチドリ」


■チケット手配
夜行長距離バスCURZ DEL SURの居心地は確かによかった!
とはいえ、疲れはあったが、強烈な太陽がカラダを起こしてくれた。
荷物をピックアップし、最初の仕事は、今晩、リマ行きの深夜バス手配。
CURZ DEL SURのリマ行きもあったためそうしようとしたが、最終便が夕方と早いため、
他に数社まわったところ、「一等席」はすべて埋まっていた。
Flores社の「二等席」ならまだ空きがある。
夜行バスの二等席にはちょっと気がひけたが、かといって翌日の移動にすると、
日中を移動に使ってしまいもったいないので、ともかく“保険”で確保(30SOL≒1,000円)
1等席のキャンセルが出たりしたら、乗り換えればいい。


■ナスカ&パルパの地上絵フライトツアー手配
次は、本日のメインイベント「ナスカ&パルパの地上絵フライトツアー」。
バスステーションで我々を“カモ”と思ったであろう兄さんが熱心に誘うので、
話だけ聞こうと彼の経営するというホテルに向かったが、そこはバックパッカー宿のため、お断りした。
値段は安いかもしれない。
しかし、一番重視したいのは安全性。
日本出発前に地上絵ツアーでの事故を耳にしていた。
ここはコストをケチらず、安全確保を第一に選択したい。

どこのエージェンシーに行っていいかわからず困惑したが、こういうときは大手に限る。
「地球の歩き方」に従い、アルマス広場にある「Nasca Trails」にタクシーで向かう。
しかし、説明がしどろもどろ。不安になり店を出た。

次に「Alegria Tours」へ。「Alegria Hotel」に併設されている。
ここはチャキチャキオネーサンが説明がしっかりしていた。
安全面を質問しても、「機材が新しいし、地上絵ツアー開始後、一度も事故がない」と説明してくれた。
一番大事にしたい安全面で信頼がおけたので、
我々の心は決まり、「ナスカ+パルパ地上絵ツアー」早速申し込みをした。
1時間飛行を、我々とパイロットと副パイロット含む4名で130US$。

やはり営業は「人」なんだと思う。
決定的な商品力の差がない場合、鍵は営業の力の差だ。
それは世界共通なんだなぁ、と実感。


空港へのピックアップカ―乗り場まで連れてきてくれた、仕事ができるオネーサン
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■ナスカ(か)なう♪( ´▽`)
ナスカ+パルパ地上絵ツアー
ナスカ空港へ。
びっくりしたのは、一面が砂漠の不毛地帯。

これが4人乗りツアーセスナ機
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テイクオフ!
地上絵の度に、右に座る人も、左に座る人双方がちゃんと見えるように、右に左に旋回してくれて大満足!
パイロットは例えば「サル」「クモ」とか、英語と日本語で叫びながら上空を旋回する。
有名な地上絵の大きさはだいたい50~200mほど。
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クジラ
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宇宙飛行士(というにはムリがあるか・・・)
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コンドル
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クモ
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オウム
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(左から)木、ミラドール、手 上の道路はパンアメリカン・ハイウェイ
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パルパのハチドリ
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各ガイドブックでタイトル表示されない地上絵も多数存在
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ナスカの乾燥した大地 不毛地帯
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ナスカは砂漠の不毛地帯。ここは月面では!?と思うほど。
ナスカ&パルパの地上絵。
それは、年間降水量1mにも満たない砂漠地帯に、忽然と現れる歴史のミステリー!


BUT,アクロバティック飛行の代償として、ひどい飛行機酔いに(>_<)
ボクは乗り物が好きなこともあり、乗り物酔いには強い体質。
そりゃそうだろう。
右に、左に、アクロバティックに飛行するわけだから・・・
SJも同じく飛行機酔い。
正直、パルパの地上絵の頃は、酔いを我慢するので精一杯だった、、、


■ランチ&休息
ナスカ空港からへ。
降りるとフラフラ。
すると、優しそうなホテルレストランのギャルソンオジサンが声をかけてきた。
スペイン語なのだが「飛行機酔いなのね。飛行機酔いに効く料理もあるから、ぜひ食べていきたなよ!」
移動する気力もなかったし、朝から何も食べてなかったし、何よりテラスが気持ちよさそうだったので席に座った。

飛行機酔いに効くというオススメのスープと、サラダと、定番「CUSQUENAブラック」。
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カラダが肉を欲していなかったので魚をチョイス
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スープはカラダに優しい味。
だけど、お気に入りの、CUSQUENAの黒ビールを飲みすぎて、飛行機酔いも相成り、酔っ払ってしまった、、、 
しばしの休憩。

その後、「Alegria Tours」でミラドール行きのチャーターをお願いした。

■マリア・ライフェ博物館(Museo Maria Reiche)
ミラドール行きのチャーターは最初の目的地。
地上絵の解明、保存に大きく貢献したドイツ人数学者・考古学者マリア・ライフェ女史の研究所跡を利用した博物館。
パンアメリカン・ハイウェイ沿い、ミラドールから1kmほど
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エントランスにいた女の子と猫
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■ミラドール(Mirador)
地上絵観測塔。
マリア・ライヘ女史が地上絵の観察のために建てた20mほどのやぐら。
上に登って観測塔周辺にある「手」や「木」の地上絵を間近に観察することができる。
砂漠地帯に忽然と立っている塔で、風を受け、なかなか恐い。
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■自然の丘(ミラドールナトゥラル)
ミラドールから約1kmのところにあるのがこちら。
丘はナスカの地上絵の線が交差するところにあり、丘の上から多数の線を間近に見ることができる。
これが地上絵のライン
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黒く日焼けした石
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そうこうしているうちに夕陽に
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■パンアメリカン・ハイウェイ
砂漠のど真ん中に作られたハイウェイ
一直線!
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■地上絵の謎
ナスカ&パルパの地上絵。年間降水量1mにも満たない砂漠地帯に、忽然と現れる歴史のミステリー!

地上絵は何を意味するのか?まだ解明されていない。
・「水源と水脈」説
・「天文学的な暦」説
・「雨乞い」説
・「雨中への滑走路」説
・「絵画」説
・「公共事業」説
と諸説ある。
※前述のポール・コソック博士とマリア・ライヒェ女史は「天文学的な暦」説を唱えた。

乾燥した平原地帯に描かれた約70の動植物の絵、700以上に及ぶ幾何学模様。
地上絵は、約10~300mまで大小さまざま。平原に巨大な図が精巧に描かれているために、
高度な測量技術と数学的知識をもっていたと推測されるが、制作方法や目的はいまだに謎。

これだけ科学が発達した21世紀でも解明できないミステリー。
地上絵を目の前に、その“神秘性”にひととき、見とれたのだった。



■インカ・コーラ
ペルー人はコーラ好きで有名。
ペルー国内シェアNO.1シェアは「インカコーラ」!
ペルーは、コカ・コーラがシェア一位を獲れな稀な国。
そのためコカ・コーラ社は、インカ・コーラを会社ごと買収したという。
黄色く、甘く炭酸弱めで、かつてあったメローイエローなテイスト!
そのインカ・コーラに“light”があった
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■よく見たペインティング
聞いたところCASTROさんとは市長とのこと
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■街の散策
チャーターツアーから戻るとすでに夕刻。
「Alegria Hotel」からアルマス広場まで散歩してみた。
ナスカは小さい街だ。

夕食は、街で一番有名と言われる「El Porton」へ
定番「CUSQUENAブラック」で乾杯
いつものように、各自スープ一品
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メインをシェア
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まだ時間があったので、居心地のよかった「Alegria Hotel」へ。
ギャルソンおじさんがまた出迎えてくれた。
リマ行き夜行バスの定刻まで、お茶しながら過ごした。
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さぁ、ナスカ発リマ行きの深夜バスに出発。
結局、1等車は見つからず、2等車(>_<) 
でも、そんなに悪くない。
ナスカ11時発⇒リマ着朝6時だから、今晩予約しておいたリマのホテル代損した。
でも、そんなトラブルもまた、旅の楽しみなり!


南米紀行 2010-05/02 第12日目【アレキパ】

■【世界遺産:アレキパ市の歴史地区(Historical Centre of the City of Arequipa)】
[ 登録年:2000年 ]
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アレキパは、リマから1030km、標高約2335、人口90万人を擁するリマに次ぐペルー第2の都市。
鉱物、セメント、ビール、製糸などの産業に加えて豊富なフルーツも産出する豊かな土地。

アレキパという名前は、建設したインカの第4代皇帝マイタ・カパックが言った
「Ari Quepay(ここへ住みなさい)」というケチュア語が由来という。 

アレキパは「Ciudad Blanca=白い町」とも言われる。
建物が、近郊で採れる白い火山岩で造らているため。
降り注ぐ強い太陽と白い建物が相成り、街全体が明るい雰囲気。
地元では「地球からちぎれて月が生まれたとき、アレキパを置き忘れた」と語られる。

歴史地区となる旧市街には、コロニアル様式の美しい歴史建造物が数多く残る。


■のんびりDAY
ひさしぶりにのんびりした日。
アレキパは見ところがコンパクトにまとまっていることもあり、
ゆっくり起床し、ゆっくり朝食して、ゆっくり準備して、外出したのは11:30

朝食は屋上にあるテラス
眺めがいい! テラスから見えたミスティ山
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この旅、出番がなかったデル・ピエーロシャツを着てたら、ボーイさんが、デル・ピエーロ似なので撮ってもらった
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■アルマス広場(Plaza de Armas)
まずは、街の中心、アルマス広場を目指してみた。
1540年にアレキパを征服したスペイン軍により街の中心としてつくられる。
コロニアル様式の回廊建築に囲まれ、何本もの椰子の木と花々が咲き乱れる美しい広場。
建物はすべて「火山岩」で出来ている。
2階のバルコニーはほとんど全てが レストランになっている。
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■ラ・コンパニーア・デ・ヘスス教会(Iglesia de la Compania de Jesus)
アルマス広場に隣接。
かつてインカの第11代皇帝ワイナ・カパックの宮殿があった場所に建てられた。
現在ある教会は1650年の地震のあとに再建されたもの。 
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■カテドラル
アルマス広場に隣接。白く美しい。
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カテドラルを抜けた門が絵になる
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門を抜けるとオシャレ通り
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■散策中
日差しが強いので、原色の建物が映える
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ミスティ山
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地元雑貨店
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バス亭
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■サン・ラサロ地区(Barrio de San Lazaro)
アレキパで最も古く美しい場所として知られる地区。
1540年のアレキパ市設立の際には、礎石が置かれた場所。
車1台通るのがやっとというくらい狭い道の両側には、火山岩で造られた建物が並ぶ。
陽の光を浴びて輝く“白い街”は、美しい。
治安対策として、厳重な門が目立った。
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それにしても、右に一眼レフ、左にDVと、
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■サンタ・カタリナ修道院基本情報(Monasterio de Santa Catalina)
アレキパ最大の見所をされる。

1579年に建てられ、1970年までの約400年間、
外界との接触を断ち、実際に修道生活が営まれていた。
つい、40年前まで!想像するだけですごいこと!

外部は白い壁でと囲まれ、内部は迷路のような回廊が巡らされている。
各所に小さなパティオがあり、パティオごとに回廊の壁色が変化していく様子が美しい。
回廊の壁には花や鳥の絵が描かれている。
当時の家具やカマド、修道女の部屋なども展示。

光を大胆に取り入れた、明るい色の壁面は、ルイス・バラガンの建築に通じるかもしれない。
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■モラル邸
1733年に建造されたバロックとシジャール様式の建物で、
アレキパに残るコロニアル建築の最高傑作と言われている。

重厚な彫刻のファザード
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■アレキパのクラッシックビートル
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■遅めのランチ
フロントのオネーサンにリコメンドされたレストランへ。
リコメンドメニューを食べてみた。
洗練された味わい!
地元ビール「アレキパ」といつもの「CUSQUENAブラック」で乾杯!「CUSQUENAブラック」の方が美味い!
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後輩に薦められ、この旅、本気で黒烏龍茶を持ってきました!
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■「CUSQUENA NEGRA(クスケーニャブラック)」
ペルーで絶品BEERと出会ってしまった(^O^) 
「CUSQUENA」の黒ビール! 
フルーティな甘みのある味わいなり(カシスがはいっているのか?)
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「CUSQUENA」の黒ビールを、ベルギー・ヒューガルデンを好きな人は、きっと好きになると思う(^O^)
黒ビールといえば、ギネスがワールドベストと思っていたが、「CUSQUENA NEGRA」は双璧となるテイスト。

ちなみに、「CUSQUENA」の白ビールは、黒ほどではないが、他のペルー産ビールに比べると、洗練されていておいしい!


■アレキパの夕景
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■アレキパの夜景
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こうやって撮ってます!
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■ナスカへGO
「CURZ DEL SURのバスは最高にいいよ!」とクスコの旅行代理店で聞いていた「CURZ DEL SUR」
確かに!いきなり待合室がステキ。荷物チェックも飛行機並みに厳重だった。
ドリンク・フードサービスもあり、確かにデラックス寝台バス。
起きたらナスカ!
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南米紀行 2010-05/01 第11日目【プーノ】

■プーノ入り
何度も目が覚めた、我々を乗せたバスはひたすらペルーを南下した。
PUNO到着。真っ暗。時計はまだ5時前だ。
ここで旅行代理店の方がピックアップしてくれる予定。
すぐ見つかり、タクシーに乗り、彼のオフィスへ。
(タクシー代は払わされた)
なんでも、ツアー出発までの時間、ここで待機するようだ。
欧米人が何人も寝ていた。
ブランケットを借りて、しばし睡眠。

2時間ほど寝ただろうか、7時にはオフィスを出発し、港へ。
そして、乗船。
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これが後述される「トトラ」
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完全に“足”ですね
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我々のチチカカ湖クルーズが目指すのは、「ウロス島」と「タキーレ島」だ。

チチカカ湖は“太陽の湖”ともいわれるのに、曇天なのが残念。
せめて、雨でないだけでもよかったと思おう。


■チチカカ湖(Lago Titicaca)
ペルーとボリビアの国境にまたがるチチカカ湖。
アンデス山脈のほぼ中央、汽船の航行する世界最高地点でもある海抜3890m に位置し、
面積は琵琶湖の約12倍(8300平方km)、最大水深は約281m 、
10万年以上の歴史を誇り、世界に20湖しかない古代湖のひとつ。
初代インカ皇帝マンコ・カパックが降臨したとされ「天神降臨」の地として有名。
聖なる場所として崇められている。
チチカカの名の由来は、ケチュア語で、「チチはピューマ」、「カカは石」を意味する。上空から見ると、ウサギを襲うピューマの形をしていることから。
山脈を背景にたたずむ深い青色の神秘的な湖は、見る人の心を引きつける。


■ウロス島(Isla de Los Uros)
スペイン人侵攻により湖畔から追い出されたウル族の新居住地に選んだのが、インカ創建の地チチカカ湖。
島といっても、トトラと呼ばれる葦を積み重ねた浮き島、それがウロス島。
45島ほどあり、現在でも約2000人が生活している。
ここに住む人々はウル族と呼ばれ、ティティ カカ湖に生息する魚や水鳥を捕り、畑で野菜を作って生活する。

土地も、家も、船もトトラで作られる。
病院や学校もトトラでできており、すべてがトトラで生活している。

プーノの桟橋より船に揺られること、約40分。
到着を出迎えてくれた島の人々
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最初にレクチャーしてくれた
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トトラは食べられる!
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トトラを頬張るSJ
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船もトトラ製
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ウロス島の人々
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浮島は一部地盤がゆるい箇所も。足元見てください
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さらに、一部陥没箇所も
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■タキーレ島(Isla Taquile)
再度乗船。プーノからティティカカ湖を約45km。ウロス島からはおよそ2h30。
太陽も出てきた!“太陽の湖”には、青空がよく似合う。
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タキーレ島には、毛糸のポンチョや帽子、織物などの手工芸品と農業を中心に約1600人が生活をする。
湖畔の町がどんどん開発されていくなかで、
いまだに昔のままの生活を続ける純粋なケチュア民族の島だ。
島ではインカ時代からの農耕システムが採られてるなど、インカ時代の名残が見られる。

島内には電気も水道もなく、自給自足、物々交換の世界。

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船着き場から、坂道を歩く。
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やはり、4,000m級の高地のためか、かなり疲れる。。。まずは約40分かけて広場を目指す
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広場
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広場の売店
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小高い広場から、チチカカ湖を望む。
水平線まで続く湖の青さと透き通った空の青さが美しい。
まさに“太陽の湖”
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レストランオーナー
eDSC_0047.jpgランチ トゥルーチャ(マス)の塩焼きとBEER 美味!
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カメラマンSJ
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ランチ後、さらに島を散策
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島の反対側の船着き場へ到着
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タキーレ島の子供たち
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■【無形文化遺産:タキーレとその織物技術】
[登録年:2005年]
タキーレ島では、織物は生活の中に深く根ざし、
老若男女を問わず日常的に製作するうえに、誰しもが着用する。
タキーレ島の織物伝統は古代インカ、プカラ、コラ文明にまで遡り、
現在の織物にも、スペイン征服以前のアンデス文化の要素が色濃く残されている。
織物は、継承された据え置き型の足で踏むタイプの織機で織られる。

典型的な服飾品は耳覆い付き帽子と、
儀式や農耕作業と関連した一年の流れを描いた暦付きの広巾のベルト。
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■ああ、ウユニ塩湖
チチカカ湖はペルー領とボリビア領となっている。
ボリビアは目と鼻の先。
あと数日あればここからボリビア入りして「ウユニ塩湖」入りできたのに、、、
すでに決めていたことだが、あらためて残念。別途計画しよう!


■アレキパ入り
タキーレ島を14:30に出発。
約3hでPUNOの船着き場へ。
旅行代理店の方が待っていてくれた。
PUNO市内観光の時間はなくなり、一度、あずけた荷物をピックアップし、
そのまま、バスステーションに連れていってもらった。

大変よくしてくださったCOLONIAL TRAVELの夫妻(のはず)
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PUNO18:00発⇒AREQUIPA24:00着
タクシーをひろって、ホテルチェックイン。
もうお店も開いてない、ということで、デリバリーをお願いした。
ハンバーガーとチキンスープとクスケーニャブラック。
あまりにボリューミー!
ハンバーガーが小さいのではなく、チキンスープがバケツみたいなカップに。
美味しかったのだが、体重コントロールを考えると、食べずに寝るべきだったと、やや後悔(苦笑)
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今日は2日ぶりにベッドで寝れる。ゆっくり休むとしよう。

 

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